那須で役立つ情報・興味深い話題・管理事務所からのお知らせ



主催は那須町文化センター内の那須公民館。全5回の講習で包丁の使い方から始まります。場所は文化センターの立派な調理実習室(写真右)。
50歳以上が対象で申込みの締切りは12月25日ですが、定員の15名をすでに突破していて抽選になるそうです。問合せ・申込みは那須公民館0287-72-6564へ。



天気予報★今週末は曇りのようで、日曜は雨に向かう予報ですhttp://weather.yahoo.co.jp/weather/jp/9/4120/9407/3293212.html
黒磯アメダス★今の自然村の天候と気温の目安になります
http://www.jma.go.jp/jp/amedas_h/today-41091.html?groupCode=27&areaCode=206
今週のタノさん写真館は”見上げる秋の空”3点です。タイトルは左から「青空」、「ROSE HIP」、「井戸端会議」です。ROSE HIPとはバラの果実で、「たまには、秋の青空の下で、ローズヒップの入ったハーブティは、いかがですか?」とコメントがありましたが、今週末は”青空の下”は望めないようです。
<追記> 今日21時現在、土曜日は晴れ時々曇りに予報が変わりました。



伊王野中心地から東へ県道60号黒磯棚倉線、76号白河線の交差する梓集落に位置します。道路沿いにのぼりと看板があるのでそれに従い細い道を行くと小綺麗なお店が…。
入口の横には外から蕎麦を打つ部屋がガラス張りで見える造りでした。ちょうど来店した時、蕎麦を打ってました。店内は天井が高く梁がむき出しの造りです。
実はメニューを見ると天ざるそばには海苔が乗っているのでう〜ん(困った)。
天ざるそばの海苔なしで注文しました。それにしてもなんとゆうコストパフォーマンスでしょうか!800円です!逆に大丈夫なのか心配になってしまうのは私だけ…味的にも…。
ところがです!そばは新そばと相まって田舎系でコシもあり甘みと香りのバランスがすばらしいものでした。これで寒晒しして熟成したそばを考えると凄いかもと期待し、その時期が来たら「かわら版」でお教えしようと考えてます。
そば汁も色が濃く見えるが実にバランスの良い出汁でそばの味を引き立ててくれます。これはかなり、おすすめですね!本当にこの値段でいいのでしょうか?
天婦羅は天つゆがそば猪口とは別にあり大根おろしとショウガのすりおろしが添えてあり、この天つゆも飲干したくなるほど美味しいですね...また抹茶ソルトも各テーブルにあり自分には嬉しい配慮です。椎茸、スティックブロッコリー、カボチャ、人参、かき揚げなど地物の野菜をおいしく頂け、お新香も添えてあります。
大工さんでもある気さくな御主人とお話出来ました。ここの蕎麦は自家栽培で特に寒晒し蕎麦は手間隙かかったもので実に興味津々に話を聞くことが出来ました
<参考> 寒晒し蕎麦とは秋に収穫された新蕎麦を、細心の注意をはらって保存し、厳寒の冷たい清流に10日〜2週間ほど浸け、寒水で晒します。これを引き上げて晴天続きをみて山の寒風と紫外線の多い太陽光線で晒して乾燥するという、技術と労力の手のかかった玄蕎麦ということです。
元は江戸時代、信州の高遠藩、高島藩は暑中信州寒晒蕎麦の名称で将軍家に蕎麦を献上した。一般庶民は口に出来なかった、かなりの高級な蕎麦だったという記録が残っているものです。そばよしさん、来年の寒晒し蕎麦に期待してます!
<そばよし:地図と営業データ>
クリック⇒ 那須周辺の蕎麦屋 by yamanchu(店名の赤いピンをクリック)
<追記> ”経験上”、13:00頃までに入店した方がいいですよ!案内では15:00まで営業になっていますが実際は13:00過ぎて客がいないとさっさと閉めてしまうことも…。それと定休日以外も営業しているかどうかの確認(電話)をオススメします。



いよいよ12月。秋・冬野菜の収穫を迎え、忙しくもあり楽しくもある月です。
以下は昨年12月のトマピー菜園の記録です。皆さまの翌月の畑仕事で、少しでもその目安になればと毎月1回、前月中に掲載してきましたがいよいよ最終回です。
ご愛読ありがとうございました。
(写真は11月20日の自然村いきいき農園。皆さま収穫を楽しんでいるようです)
クリック⇒ トマピー菜園 昨年12月の記録


那須町の地名・大字(おおあざ)編
上掲(左)は那須町広報10月号に載ったものです。歴史的な話も入れ、なかなか興味深くまとめてありますのでまずはじっくり?お読み下さい。
そして、
自然村所在の大字 富岡 のお話
明治以前の自然村周辺には、上田村、下田村、吉野目村、白井村、石住村、塩阿久津村という小村が散在していました。明治維新後、これら小村を集合して明治8年(1875)「富岡村」が誕生。自然村の土地の小字(こあざ)名の「下石住」、「上田」の文字が見られ、当時を偲ばせてくれ興味深いですね。
”富岡”は古くからの地名ではなく、当時では一般的に行われた机上の命名であって、一帯が小高い土地だったのでつけられたといわれています。
明治9年には早くも芦野学校富岡分校が下田に開校しました。学齢人数は男36、女40名でしたが、生徒数男35人に対して、女子は14名(就学率35%)という記録があり時代を感じさせます。
そして、この「富岡村」は、町村制施行の”明治の大合併”で、明治22年(1889)、芦野町に編入され、”富岡”はここで大字(おおあざ)名となります。黒田原駅の開業は明治24年(1891)で当時の那須村は寒村であり、”富岡”が、平安・鎌倉時代からの由緒ある芦野町に編入されたのは当然の成り行きだったのでしょう。
この「芦野町大字富岡」時代は長かったのです。大正・昭和と時が流れ、現在の「那須町大字富岡」となるのは、終戦後です。
昭和28年(1953)から”昭和の大合併”が行われ昭和29年11月3日、芦野町、那須村、伊王野村の3町村の合併でついに「那須町」が誕生しました。1995年から始まった”平成の大合併”では、黒磯市との合併話もありましたが、紆余曲折があったそうで那須塩原市に加わることなく今に至っています。
<参考> 以下をクリックすると上掲(右図)の国土地理院2万5千分一電子地図の自然村周辺の地形図になります。マウス操作で、図面を左クリックしたままドラッグすると画面がスクロールします。自然村周辺の地図散策をしましょう。ついでに周辺の地名を知っておくと何かと便利です。
★http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?meshcode=55404100