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立春の頃から湿地の中にひっそりと咲き始める坐禅草。
大田原市東郊の北金丸(きたかなまる)という田園地帯に群落地があり、市の天然記念物として保護されています。約420坪の湿地にザゼンソウ2万株が群生し、その1割が毎年開花、最盛期は2月中旬から3月上旬です。
雑木林に巡らされた木道から観賞でき、周辺はフクジュソウが咲いていたり小川が流れる里山を歩くというなかなかいい雰囲気です。入場無料。
初めてだと迷いやすい場所なので、このHPにある案内図をプリントしていくとよいでしょう。指定の駐車場から遊歩道へ行くまで民家の庭先を通るのでちょっとビックリします。自然村から車で40分。地図こちら。
白鳥の羽田沼が自然村からだと順路上にあり、組み合わせ見学もおすすめです。
白鳥で有名な羽田(はんだ)沼は昨年12月にもかわら版で紹介しましたが、最盛期の今200羽以上の白鳥が飛来しているとの事で、出かけてみました。
羽田沼では水質浄化の為餌やりを禁止しています。そのためか白鳥は早朝沼を飛び立ち、近くの川や田んぼにえさを取りに行くそうです、そして夕方また沼に帰ってくるのですが、その日は4時半頃に20羽位が羽を休めていました、まだえさ取りからあまり帰っていなかったようです。
3月頃まで羽田沼には数多くの白鳥がいるそうですので、出かけてみてはいかがですか。
自然村からは那須高校手前の道を左折、石田坂、富士見峠から鍋掛経由が最短ルートで車で30分です。分かりやすいのは道の駅伊王野、寒井、刑務所経由。⇒地図
自然村に住んでいて日々那須岳を見ていると、時々素晴らしい光景を目にして感動します。特に冬季那須岳が雪を冠った時期の那須連山の眺めは見飽きない素晴らしいものです。
そんな冠雪した那須連山が天気によって普段あまり見せない姿を見せるときが有ります。そんな時はしばし見惚れて、急いでカメラを持ち出します。 上の三枚はそんな時に撮った写真です。
[写真左]:日本海側の雪雲が太平洋側にもかかり自然村も黒い雲に覆われた中、わずかの時間雲が切れて太陽が那須連山を照らしたときの風景。
[写真中]:雪に覆われた那須岳に朝日が当たり、つかの間モルゲンロートに輝く那須連山。
[写真右]:冬季晴れた午前中によく見かけられる風景。
白く雪を冠った那須連山が青空をバックにくっきり見える。
自然村からはこの様な素晴らしい眺めが毎日のように楽しめます。
東北道上りの羽生パーキングエリアが、昨年12月19日江戸の町をコンセプトにした[鬼平江戸処]としてリニューアルオープンした。
入り口は栗橋関所をイメージした造りで、両方には江戸の商家が並んでいる、しかもこの商家はすべて小説の中で盗賊に押し入られた大店という念の入れようです。 それぞれのお店の造りは古さや経年劣化を出すための工夫もなされていて、かなり手の込んだ作りです。
中も江戸の本所深川界隈の下町を再現し、その上ここの空は昼と夜が15分間隔で入れ替わるそうです。 鬼平の小説に出てくるシャモ鍋屋の『五鉄』があったりして、ファンには嬉しいつくりですね。かわら版のコーナーもあって、江戸の人々の暮らしを描いた浮世絵などをを紹介しています、いやあ〜中々面白いです。大人の時代劇ファンには楽しめるコンセプトですが、若い人や子供にはどうでしょうか。
もっと詳しく知りたい人はこちらから
自然村群星の丘のMです。4年前から60歳の定年と同時に川崎から永住。フィンランド製ログハウスを並行輸入でと薪ストーブも一括で購入。出力容量が少ないフィンランドNarvi社製からオーストラリア製ピーキャン社のマークUネクターに変更。暖房能力の容量も約123畳を確保。
平成23年3月11日東日本大震災の時、重量160kgのストーブは使用中にも拘らず倒れる事もなく無事だった。五組の永住者と一組の滞在者が、我が家に避難。停電と余震が続いたが、暖が不安な気持ちを払拭し癒してくれて頼もしい限りであった。 大食いのマークUネクターを維持するため、薪作りに拘り営林署主催の講習会を受講。その甲斐あって、常時薪も確保。室内は23~25℃の常夏の生活が保たれて、至福の時間を満喫しています。
薪の調達は地元の方々に直接交渉して雑木林の伐採をさせてもらっている。
生木は乾燥させて1〜2年薪棚で寝かせた薪がベスト。我が家では妻は薪割り、小生は伐採に専念し役割分担を決めています。
年金暮らしの私達にとっての魅力は燃料費がタダ。川崎に居た頃、化石燃料及び電気代節約に努めさせられた。薪ストーブが取り持つ夫婦善哉物語を続けて行く所存です。
<薪ストーブひとくちメモ>
「高温になると青い炎が出る事があります」と業者が話してくれた。薪焚き3年目に350℃以上の高温で、青炎も上から下にゆらゆら揺れて神秘的な動きに感動しました。青炎にはあと一歩。写真の様な、状態の炎は良く出るようになった。